『タコの繁殖のために、卵は半分だけ獲るんだそうです』

2017年09月16日 [ 未分類 ]


 こんばんは。
 弊社の伊丹事業所は9月15日で12年目を迎えました。
 干支が一巡したわけです。小生も27歳でした。
 このブログをお読みくださっている皆様も「12歳」歳を重ねたわけです。

 先日、淡路島と徳島で仕事がありました。 2017-09-12 17-39-20
 弊社社員はどちらの出身者もいますし、淡路島には小生の友人もたくさんいます。
 その友人の一人に会ってきました。

 2017-09-12 18-42-07 3㎏の鱧   2017-09-12 19-01-28  タコの卵  2017-09-12 19-46-38  鮑とワカメ

 名物はお父さんが素潜りで獲る由良の「赤ウニ」 2017-09-12 19-17-36 今が最高です☆

 会う度に料理は進化しているが、純朴さはいつまでも変わらない店主 
 こうちゃん 2017-09-12 19-12-28 小生と同じ歳です^^  地魚料理 「海山」

 お陰様で、小生の胃の中は瀬戸内海でいっぱいになりました。
 
 徳島でも良い仕事ができ、生卵を入れるのが特徴の徳島ラーメンもいただくことができました☆

 そして、会社に戻ると注文していたお気に入りの植木鉢が届いていました。
 2017-09-14 11-19-15  2017-09-14 11-16-55
 
 魚を切ったり、焼いたり…
 木を切ったり、つなげたり…

 その人にしかできない仕事がある。 

  2017-09-16 00-21-03
 「私にしかできないことが必ずある」

 これは、先日ある社員が送ってくれた手紙にあった一文です。

 小生にしかできないこと。
 考え直す機会を与えてくれました。

 12年目  あらたかにしかできないこと…

 きっとある。
 

『千里ニュータウン、今では千里オールドタウン』

2017年08月31日 [ 未分類 ]

おはようございます。
昨日は「ミサイル発射」というとんでもないニュースで目が覚めました。
本当に何が起きているのかは私たちにはわかりませんが、
拉致被害者を救うことが遠のいていることはだけは明らかである。
北朝鮮、ISなど、「どうにかならんのか!」というのが小生をはじめ、一般的な思いだろうと思います。

小生は今月の25日で39歳になりました。

社員よりメッセージやプレゼントもいただきました。2017-08-20 22-06-04
30代最後の年、という感覚はありませんが、より丁寧に生きねばと思っております。

そして、巡ってみました…

2017-08-29 16-33-51  小学校の時にみんなで鬼ごっこをした「滑り台公園」
緑にあふれた公園は小学校のマラソンコースでもあった 2017-08-29 16-35-19

公園の展望台からはこの景色があの日から変わらずある… 2017-08-29 16-58-12 
まるで「太陽の塔vs大観覧車」のようだ。

2017-08-29 17-52-28 通っていた小学校
このタイル壁画が完成した時に読売新聞が取材に来て、
たまたま運動場で遊んでいた小生らがこの壁画を指差しているところが新聞に掲載された。

2017-08-29 17-54-29 近くの商店街にある理髪店「new JAPAN」
中学を卒業するまで、小生のスタイルを任せたお店。
当時は本当に「NEW」だったんです^^今度行ってみようと思います。顔剃りだけ^^

ほとんどのお店のシャッターが閉まり、当時のお店はほとんどない…

「もくせい公園」2017-08-29 18-04-25  
なぜ、その名前なのかは誰も知らないが、地域では誰もが知る公園
ラジオ体操、野球、基地作り…多くをここで過ごした

30年が過ぎた…30年!?

全く変わらないものと、全てが変わったもの

小生のルーツはここにある。


ミサイルが落ちる?戦争が始まる?

これからの自分の人生よりも、これから大人になる子供たちのことが気になる。

人生の後半戦は「忘己利他」この思いを強めようと思う。

戦争やテロ…これらには「もう懲りた」

ダジャレで笑い合える、そんな地球になってほしいものだ。


『教師18名と女学生222名』

2017年08月23日 [ 未分類 ]

みなさん、こんばんは。
甲子園球場での球児達の激闘も終わりましたね。
準優勝の広陵高校の中村君を大会前に知っていた人がどれだけいたでしょうか?
今では、高校野球に興味のなかった人達まで知っていますね。
しかし、一試合で6本のホームランを打ったわけではありません。
これは中村君ご本人が一番おわかりだと思いますが、
チームとして決勝まで勝ち進んできたからこそ、それだけの打席数に恵まれたのです。
それにしても7割近い打率ですからね。間違いなく、今大会のHEROのひとりですね。

かつて、甲子園に出場し、記念に持ち帰った砂を我が家に持ち帰れなかった球児達がいました。
戦争によって、アメリカから日本に返還されていなかったからです。

沖縄 2017-08-13 09-03-05 (1)

日本で唯一、地上戦が行われた地
兵隊だけでなく、民間人もが動員されたわけです。
この沖縄での戦没者は20万人、その半分近くが民間人である。 2017-08-12 10-14-57
お伝えしたことはたくさんありますが、
小生が平和祈念資料館に展示してある事実を書いたところで意味がありません。
また、小生は過大でも過小でもなく、それらを正確にお伝えするだけの言葉を持ち合わせていません。
とにかく、一人でも多くの方々にここを訪れてほしいと思います。
せめて、インターネットでもいいので調べてほしいと思います。
私たちが知っておかなければならない「夏」があったのです。

あの夏の海もこうだったに違いない 2017-08-11 14-17-46koko

あの夏にもこうやって咲いていたに違いない 2017-08-10 14-03-51

戦争にHEROはいない。

『「ふるさと」はたくさんある方がいい♫』

2017年07月29日 [ 未分類 ]

 みなさん、こんにちは。
 梅雨も明けて連日の猛暑ですが、やはり夏はいいですね。
 小生は大学の試験も終わり、仕事と遊びに集中したと思います^^

 先日、初めてしてみました。
 「ふるさと納税」
 納付先は色々と考えて選ばせていただきましたが、
 その中のひとつの市から大好物のスイートコーンが送られてきました☆
 それが目的ではありませんでしたが、なんだか嬉しくなりました。
 お会いしたことはありませんが、その地方の方々と「会話」をした気になったからです。

 お中元であれ、年賀状であれ、届けたいのはそれ自体ではなく「想い」です。

 先日、恒例のフットサル大会が開催されました。
 
 仕事で流す汗とは違った汗
 仕事で交わす会話とは違った会話
 仕事で溢れる笑顔とは違った笑顔

 みんなフットサルが好きだからではない
 みんな、みんなが好きだから。
 
 「想い」

 それは仲間がいるからこそ抱くもの  2017-07-24 21-18-06 (1)
 みなさま、素敵な夏にしてくださいね☆


『臓器は侵されたが、心だけは最後まで健やかだった。』

2017年07月01日 [ 未分類 ]


 小林麻央さんが逝去されたことは皆様もご存知だと思います。

 彼女の死は多くの人に何を伝えたのでしょうか。

 彼女のことを「強い」と多くの方がコメントしていましたが、
 「強い」とは何を指しているのだろうか。

 彼女も癌になり1年半の間はそのことを隠していたようである。
 しかし、「癌の影に隠れないで生きよう」と思い、公表し、ブログを開設したとのことである。

 癌や認知症に共通して言えることは、それらの疾患はその人の代名詞とされることが多い点である。
 例えば、「癌患者」という言葉はあるが「脳梗塞患者」とは言わない。
 「認知症高齢者」という言葉はあるが、「変形性関節症高齢者」とは言わない。

 癌は患者数の多さや、その病気の特性などから「特別な病気」であることが言える。

 小林さんもきっと、
 「癌の小林麻央」ではなく、「小林麻央」を生きたかったのではないだろうか。

 小林さんが「強い」と言われたのはその生きる姿勢なのではないだろうか。

 私たちはあらゆる病気や障害のある高齢者の方々を支援する仕事をしているが、
 高齢者にも小林さんと同じことが言えるのである。
 「End of Life」
 私たちの仕事は病気や障害を乗り越え、イキイキと暮らしていただく。
 というキレイなものではない。
 誤解を恐れずに言うと、「その人らしい、その人が思い描く最期」の実現なのです。
 もっと平たく言えば、「どう死ぬのか」ということです。
 人間の死亡率は100%であり、それは高齢であるほど高まります。
 
 「End of Life」

 柏木哲夫氏の言葉を借りれば、「人は生きてきたように死んでいく」である。
 小生も自身の拙著で述べているが、「最期だという自覚こそが最期を輝かす」

 小林さんは「なりたい自分になる」と仰っておられたようですが、
 小生が感じた小林さんの強さはその自覚にある。
 決して、治療を諦めたわけではなく、前向きに死を自覚したのではないでしょうか。
 その自覚が心を広く、深くし、自分の人生における新たな視点を生むのです。

 先日、ある方と同じテーブルで食事をする機会がありました。
 緊張感のあるテーブルは静寂のような沈黙のような張り詰めた空気…
 
 誰も話しかけないので、

 「これからの高齢者がどう暮らすべきか、
 それを支える医療や介護の社会保障制度がどうあるべきか、
 そのための財政施策はどうすべきか、私にはアイデアがあります。
 是非ともお聞き頂ける機会を賜りたく存じます。お願いいたします。」

 小生はその方に、そう伝えました。

 その方は笑顔で「そうですか、それは是非ともお伺いしたいですね。」と。

 その方はその場だけでのお返事だったかもしれませんが、小生は本気です。
 名刺交換もさせていただきましたので、すでに「知り合い」です^^

 小林麻央さんが「美しく生きた」と評されるならば、
 小生は一人でも多くの高齢者にもそうなっていただきたいのです。
 いや、そうすることが私たちの仕事なのです。

 ということで、昨年の秋に「会いたいな。」とつぶやいたその人に、
 早々とお会いできたわけです。
 これは「中村、やれ!」と天が言ってくれているからだと思います。
 
 では、次にその人に会う時は是非、官邸にて。  2017-06-24 12-39-05


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