『グエル公園で遊び育った少年』
2013年05月24日 [ 未分類 ]
みなさん、こんにちわ。
しかし、暑いですね。
こないだ蝉が鳴いてましたよ…
夏は好きですが、春と夏をつなぐ新緑期が短すぎる。。。
そして、梅雨は大嫌いだ。あと2週間もすればやってくる。
梅雨が来ないと水瓶は大変なことになってしまうのだが、それでも嫌ですね。
ということで、週末からエアコンと除湿機の稼働を始めたわけです。
まだ桜が開花していた頃の話。
4月の上旬に大阪のハービスで仕事があったんです。
普段は車で行きますが、時間帯が混む時間帯であり、絶対に遅れてはいけなかったので
小生には珍しく電車で行ったんです。
そして帰りの電車である人に出会ったんです。
芦屋駅への行き方がわからず困っていたバルセロナ出身の旅人 ロドリゲス 18歳
もちろんスペイン人。
小生も電車に関してはスペイン人並に詳しくないので戸惑いましたが、
駅員さんに聞いて、なんとかわかりました。
小生も夙川までだったので、結局同じ電車に乗車することになったのです。
夙川までのわずか15分程度、彼と会話をしました。
旅のきっかけなど、ありきたりな会話をしたわけです。
そして、6月まで日本に滞在するとのことだったので、
別れ際に小生の連絡先だけを渡して別れたのです。
それから1ヶ月が経過した5月上旬、
小生の携帯電話が鳴りました。着信は「公衆電話」
出るとすぐに誰かわかりました。そう、ロドリゲス。
ロドリゲスは「是非、会って欲しい。」とのことでした。
理由は聞くまでもなかったので聞きませんでした。
指定した場所に迎えに行くとちゃんと待っていました。
しかし、キレイとは言えない格好だったので、まずは風呂に入れました。
そして食事に行きました。
一日一食で凌いでいるとのことでした。
「何が食べたい?」と聞くと「何でもいい。」の繰り返し。
「じゃぁ、焼肉でいいか?」と聞くと「そんな食べ物知らない。」というので、
そりゃそうか、と思いながら、YAKINIKUへ行きました。

食事をしながら、色々とお互いについて話をしたわけです。
プライベートに関しては書きませんが、色々と…
旅は8か月前にスタート。着替えはなし。テントとわずかなお金だけ。
そして日本は48ヵ国目だそうだ。

何も見ないでスラスラと書く姿に「コイツ、マジやな…」と思いながら…
そして、
「野外テントは警察が来るので困っている。
今は仕事の物置を借りて寝袋で寝ているが、虫が多くて恐ろしくて…
銭湯は高いので週に1回…」
という話になったので、
「それがどうした!自分で始めた旅やねんから、
自分で責任を取れ。甘えるな!」と説教をしながらも、
「将来は数学の仕事がしたいんだ!」と目を輝かせて話す彼を見て、
なんとかしてあげたくなったのです。
「見ず知らずの外国人なんかと付き合うのは軽率だ。何があるかわからない。」
「そんな人を助けるなら、もっと助けるべき人がいるはず。」
などのご意見はごもっともだと思いますし、ボクも他人にはそう言うかもしれません。
でも、ボク自身はそうわかっていても、彼に関わってみようと思ったのです。
ということで宿探しが始まったわけです。
小生は決めていました。バックパッカーが集うところ、そうドミトリーが良いと。
そして見つけました。「梅田ドミトリー」1週間で14,000円

急な連絡にも関わらず、快く対応してくれたドミトリーのオーナーの小笠原さん

「日本人の若者も世界を見て歩いて欲しい。
そして日本が外国人に気に入られるようお手伝いしたい。」これが小笠原さんのポリシーだ。
「目の前に困っている人がいるなら、今お手伝いしないでいつするねん。」これが小生のポリシーだ。
二人のオッサンのポリシーによって、彼は宿を得た。
これでいいと思う。

世界の日本の関西のソウルフードを伝えたかったからだ。「YAKINIKUよりも美味しい。」らしい…
6月にはタイ王国へ戻り、ベルギーへ行き、そこでしっかりと働き、
ベルギーの大学へ行きたいそうだ。
ベルギーへ行った際はムール貝とチョコレートでもご馳走になってやろうと思っています。
「旅は出会い」
お友達や家族との旅行も素敵ですが、やはり旅は一人をオススメします。
ちなみに、ロドリゲスの自宅はサグラダ・ファミリアの真裏らしい。。。
「見飽きたというか、家が日陰になって困る。」とのこと(笑)
世界は広い。という話^^
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